tsukune32

ある四阿にて

ある四阿にて

「やっほ、月読(つくよみ)ー」  霧雨が朧に視界を霞ませる中、石造りの古びた四阿(あずまや)で書物を開いていた月読は、不意の呼びかけに視線を持ち上げた。  淡い翡翠色の瞳が辿った先。四阿のすぐ傍ら、ふわりとまるで降ってわいたように、鮮や...
天道神祇の詔文

天道神祇の詔文

 世界には、天地を支える五本の柱がある。  それは天をも凌ぐほどに高い山、数えて五山であることから「天凌五嶽(てんりょうごがく)」と呼ばれ、天地を繋ぐこの五山を通して、世界を循環する陰陽の氣は巡っている。  五つの聖嶽は、東西南北に一嶽...
カーレル in 聖堂

カーレル in 聖堂

「何なんだよこの唐突極まりない始まり方は」 「だってどうしても凪さんが見たいって言うから……仕方がないじゃないですか」 「見てーのは勝手だが世界観とか作品の壁とか世の中の常識非常識とかいろんなもんをブチ壊してるぞ。いいのかよそれで」 ...
猫の鈴 ~聖堂綺譚~

猫の鈴 ~聖堂綺譚~

「わっかんねえ」  あふれるように置かれた骨董品に半ば埋もれたような格好で、リンは呟いた。  昼間だというのに薄暗い、あまり採光の良くない建物の中である。古くからの町屋を改築して営まれたその骨董品屋の中は、車の入り込めない小道に面してい...
GRAM

乙女の祈りは罪深く (3)

「……ってぇとなんだ、つまり」  翌朝。  昨日の嵐がきれいに通り過ぎ、爽やかに晴れ渡った初夏を思わせる青空の下を、カーレルは歩いていた。 「まあ要するに、家族に内緒でひそかに付き合ってた恋人が、いきなり消えちまった。ってとこかねぇ」...
GRAM

乙女の祈りは罪深く (2)

 ミシェリーナ・クレオティス。  と、その蜂蜜色のふわりとした巻き毛と菫色の瞳を持った美少女は名乗った。  雨風に打たれて冷え切ってしまっている彼女を、ひとまずリラが空いた部屋に誘導して着替えさせてから、あらためて食堂に連れてくる。 ...
GRAM

乙女の祈りは罪深く (1)

 嵐が訪れていた……。  吹きすさぶ強風と、叩きつけるような豪雨は、さながら滅びゆく天の断末魔のように地軸を揺るがしている。矮小な人間達が地べたに這いつくばるように築いた街の灯りも、強い風と雨の中にかき消されんばかりに、弱々しく揺らいでい...
GRAM

うららかに、桜舞う午後

「あら」  居酒屋兼食堂「ドラム・カン」でのバイトから戻った昼下がり。  安宿「こんな宿もあるさ亭」の受付カウンター前で、こぼれるような桜色を細い腕いっぱいに抱えた女性が、エミルを振り返った。  腰まで届くほど長い、真っ直ぐで艶やかな...
GRAM

無情も嵐も踏み越えて (7) -完結-

 気持ちの良い朝の光が差し込む、宿屋の廊下にて。 「あら、もうレラ姉さんに会ったんですか? さすがですねえ」  と、「こんな宿もあるさ亭」の店主トーマスの愛娘リラが、にこにこと笑いながら言った。 「先日から、こちらの魔道士ギルドに異動...
GRAM

無情も嵐も踏み越えて (6)

 魂が抜けてしまったような顔で、おそるおそる、エミルは持ち上げた自分の掌を見た。その手は細かく震え、一瞬で大量の血を失ってしまったように冷え切っていた。  路地の石畳に両膝を落としたままのエミルの側に、硬いヒールの音を控えめに立てながら、...