カーレル in 聖堂

「何なんだよこの唐突極まりない始まり方は」
「だってどうしても凪さんが見たいって言うから……仕方がないじゃないですか」
「見てーのは勝手だが世界観とか作品の壁とか世の中の常識非常識とかいろんなもんをブチ壊してるぞ。いいのかよそれで」
「いいんじゃないですか、別に」
「おまえ時々さらっと俺でも言わないよーなこと言うよな……」
「えっ。やめて下さいよ、お師匠様より非道みたいな言い方はっ」
「まぁまぁ。今回は特別篇ってコトで、パラレルというかメタというかな感じで許してもらうしかないでヤンス」
「どっちみちわてらはたいして変わらない気がするずら。どうせいつもこんなノリずら」
「私まで一緒にされるのは不本意だけれど、仕方がないからつきあってあげるわ」
「わあ、レラさん綺麗なキモノ。黒い色、似合いますねー!」
「ありがとう。エミルくんも丁稚スタイル似合ってるわよ」
「お師匠様のはキナガシってやつですね。しかもだらしない。お師匠様もすっごい似合ってますよ。いかにも怠惰で自堕落で適当なお師匠様のためにあつらえましたって感じです」
「焼くぞてめえ」
「そう驚かすものじゃないわよ、カーレル。事実でしょう」
「…………」
「そういえばそのご主人のセリフが、今回お訪ねする骨董品屋さんの店主さんとかぶってるらしいずらね」
「みてーだな。俺様と言動がかぶるとか終わってんだろ、そいつ」
「自分で言いますか……」
「自覚はあるんずらね」
「たちが悪いわね」
「今に始まったことでもないでヤンス」
「だーっ!! てめーら揃いも揃って何そこで意気投合してんだっ、このど阿呆かつ常識もへったくれもねぇ状況に俺様の繊細な頭はさっきから痛みっぱなしなんだぞ! ちったあいたわれよ!」
「ただの二日酔いじゃないでヤンスか」
「むしろこんなときに二日酔いな人間に常識云々言われたくないずら」
「これが飲まずにやってられっか! つーかマジでおめーらなんでそうごくごく自然に馴染んでやがるんだよ!?」
「え。だって、このくらいで動じてたらお師匠様の弟子とかやってられませんし」
「意外にこういうときだけまともなのね、カーレル」
「……なんかすっげえフに落ちねぇ」


「まーいつまでもグダグダしててもしゃーねえから、来てやったぞ聖堂ひじりどうとやらに」
「わー、ノレンってやつですねこれ。綺麗な紫色ですねぇ」
「なかなか落ち着きがあって趣のある店構えずらね」
「何かこう、懐かしい感じがするでヤンス」
「けっ。ボロいだけじゃね」
「カーレル!」
「あはは。いいんですよ、その通りですから。皆さんこんにちは。私が店主です」
「あら……」
「おおう。なんかえらい雰囲気のある御仁がお出ましになったでヤンスよっ」
「な、なんずらこのオーラは。冗談抜きで後光が差してるずら」
「なんだかすごく優しそうな人です……お師匠様と言動がかぶるっていうから、どんな恐い人だろうって思ってたのに。よかったぁ」
「素敵な方ね。騒がせてごめんなさい、店主さん」
「いえいえ、無茶な企画なのは百も承知ですから。遠路はるばるご苦労様です。聖堂へようこそいらっしゃいました。歓迎しますよ」
「おう、ありがたく歓迎しろ。もてなされてやっから」
「あなたが噂のカーレルさんですね。お初にお目にかかります」
「こっちもあんたの噂はいろいろ聞いてるぞ。マトモに見せかけてどえらい変態なんだろ?」
「その認識はいかがなものかと思いますが、あなたのお噂も相当ですよ。道を歩くだけで好奇と蔑みのこもった衆目を集めるというのは、並大抵のことではないと存じ上げます」
「(ヒソヒソ)うっわ。ビキッて空気が音立てて凍ったでヤンスよ、今」
「(ヒソヒソ)完璧すぎる笑顔が逆に恐ろしいずら……あの店主さん、本当に人間ずら?」
「(ヒソヒソ)でもなんだかすごくワクワクする僕がいるんですけど。巻き込まれたくはないですけど」
「てめーらなにそこでごちゃごちゃ言ってんだコラ」
「まあ、店先で立ち話もなんですから。とりあえず中へどうぞ」
「そーだな。俺様のためにせいぜい心を込めてうまい茶でも出すがいい」
「あなたに尽くす心などありませんが、心尽くしのお茶は点てさせていただきますよ。皆さんお疲れでしょうから」


「あら、美味しい」
「不思議な味でヤンス。なんだかほっこりするでヤンスよ」
「うんうん。悪くないですねー」
「うむ。くるしゅうない」
「グリーンティーだったずらか?」
「ジャパニーズティーでも何でも。呼び方よりも心が大事です」
「それにしても、なんか変なもんばっかり置いてあるな、ここ。すっげえ周りうるせえんだけど」
「はは。特異なお客様にみんな浮き足立っているんですよ」
「ほー。なんだこれ、けっこーおもしろいもんがあるじゃねえか」
「おや、お目が高い。それはですね……」
「ふむふむ」
「……というわけなんです」
「ほほう。じゃコレはどーいう?」
「ああ、それは……」
「……(ヒソヒソ)なんだか意外にウマが合ってませんか?」
「(ヒソヒソ)ほんとずらね……」
「(ヒソヒソ)まあご主人が暴れ出すようなことにはならなそうで良かったでヤンス。店主さんと一騎打ちなんてことになったら、それが一番おっかなかったでヤンス」
「(ヒソヒソ)そうなったら誰も止められないものね……」


「とりあえずお茶をいただいたお礼に、水撒きでもしますっ」
「おや。ありがとうございます」
「私は繕い物でもあれば……」
「それじゃあ、わてらは店内のお掃除でも手伝うずら」
「ってご主人っ。何勝手に人のお店の売り物を物色してるんでヤンスか!」
「あン? 人聞きわりーな、こいつらがごちゃごちゃ話しかけてくっから聞いてるだけだよ。わりとおもしれーぞ、こいつらの話」
「どこに行こうとどこまでもマイペースずらね……まあ分かっちゃいたずらが……」
「困った人ね。店主さん、怒って下さってもいいんですよ?」
「いえいえ。私はけっこう楽しんでいますよ」


「なんか変なもんが出てきたぞ」
「またこの人は勝手に売り物を……」
「こんなあやしげなガラクタ市で売りモノも何もねーだろ」
「このヒトは自由すぎてホントに一度店主さんに焼かれた方がいい気がしてきたずら」
「あははは」
「で、なんだこれ?」
「おや。それは……また面白いものを手に取りましたねぇ」
「キセル、ですね」
「なんだかきれいですねー」
「それは、手にした者の運気を上昇させるかわりに、恐ろしい呪いが掛かってしまうという因縁のキセルです」
「の、呪い!?」
「ほほぉ。そりゃまた楽しそうだな」
「いかがですか、その子はあなたのことが気に入ったようですが。お持ちになりますか?」
「んむ。気に入った。お持ちになろう」
「もらうんですかっ!? 呪われちゃうんですよっ!?」
「どってことねーだろ」
「いやいやいや……いや。まあ、お師匠様ならそーかもしれませんね……」
「バカにつける薬はないとはよく言ったものね」
「わてらを巻き込みさえしなければそれでいいでヤンス」


「それでは、私達はこれでおいとまします。おもてなし下さってありがとうございました、店主さん」
「お粗末様でした。よろしければまたいらしてくださいね」
「そーだな。意外に楽しかったからまた来てやらんでもねーぞ」
「なんかこんな人で本当にすみません……」
「いえいえ」
「素敵なお店だったでヤンス。わてらも本当に楽しかったでヤンスよ」
「友達もたくさんできたずら。ありがとうずら」
「それじゃーな。年寄りらしく控えめに達者で暮らせよ」
「そちらも息災で、黒魔道士さん」


「で、呪いって何なんですか?」
「知らねー。とくになんも感じねーぞ。あの変態店主の出まかせじゃねーの?」
「その言い方はやめるずらよっ」
「なんでだよ」
「そのうち刺されるわよ、カーレル……」
「いっそ痛い目のひとつやふたつやみっつやよっつ見たほうがいいでヤンスよ、この人は」


「……ああ、やれやれ。さすがに騒がしい一日でしたね。……え? 呪いっていうのは結局何なんだ、って? それはですねえ、……手にすれば運気が上昇するかわりに、いついかなるときもべらんめえ口調でしか喋れなくなってしまうんですよ。まあ、あの人なら、さしたる問題もなさそうですしね。良い貰い手が付いて私も安心しました。……ああ、ほら、見てごらんなさい。月があんなに綺麗ですよ。明日もきっと晴れですねぇ」


(おしまい)

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