その日の夕方。
奇妙なものが、シャザレイム城下町の郊外の森を移動していた。鮮やかな朱金色に染まった空の色を、つやつやの表面に照り返す、プニプニの集団である。
その大行列は街の城門からずっと続いており、そして行列の最前列を、幼児を引率する保育士よろしくカーレルが歩いていた。
「は~い、二列縦隊! そこ、隊列を乱さない! よそ見しないでちゃんと付いて来いよー」
カーレルは時折振り返りながら、背後にぞろぞろとついてくるプニプニ達に声を投げている。
その言葉を理解できているのか、それとも別の何がしかの力の作用によるのか、プニプニ達は二列縦隊をとりあえず崩すことなく、素直にカーレルの後ろに従っていた。
やがてカーレルが立ち止まったのは、森の中に広がる、池というには大きく湖というには小さい、そんな淡水の広がりの前だった。夕暮れ時のそよ風が水面にさざ波を起こし、目に痛いほどの光の破片を散らせている。
「ほい、終点。おまえら、ここが今日からおまえらの巣だぞー」
水際でカーレルが列の先頭から離れると、プニプニ達は何やら喜びの表現のようなきゅいきゅいした鳴き声を上げて、次々と水の下に飛び込んでいった。
その様子を傍らにしゃがみ込んで眺めながら、カーレルはひとりごちた。
「まあ、おまえらも今回は災難だったなぁ。勝手に培養されてあふれ返ってパニック起こして、あげくに殴られるわ焼かれるわ雷撃に打たれるわ真空刃に切り刻まれるわ」
実はその大部分、彼自身が手を下したことなどもはやきれいに忘れ去ったように、カーレルはぱちゃんぽちゃんと水に飛び込んでいくプニプニ達を眺めている。
「ま、焼かれても切られても、あの程度ならプニプニなんて分裂・増殖するだけだし。結局最後は俺も増殖に手を貸してたような計算になっちまうのかなあ。ま、このへんは内緒だけどな。これでちったあ、あのイカレ科学者も懲りて妙な発明しなくなるだろ」
などと言いながら、カーレルは立ち上がる。
街に向かい、プニプニの大行列の脇を通って戻っていく格好で、口笛を吹きながら暢気に歩き出した。
その後。
まんまと意気消沈したボーマン博士から「仕事料」を巻き上げることに成功したカーレルだったが、その報酬は結局、以前彼がぶち抜いた「こんな宿もあるさ」亭の床板修繕にまわされ、一銭も手元に残らなかった。というか、リラが例の爽やかな笑顔で、有無を言わせず全額没収したのである。
さすがにリラに「床板修繕と今までの借金返済分と。含めてまとめて没収しますね♪」と言われればグウの音も出ず、カーレルはまたしても、実質換算儲けゼロの結果に終わったのであった。
「全部てめーのせいだコレは。てめえがそもそも俺の前に現れなきゃ、こんなことにはならなかったんだ」
莫大な慰謝料を街の人々から請求されたボーマンは、すっかり魂が抜けたような状態になっており、あれ以来食堂の片隅にポカンと座り込んでいた。
それをぐりぐりと小突いたりつねったりしているカーレルを、見かねたエミルが引き離し、そのままエミルは慰めるようにボーマンの肩を叩いた。
「……お師匠様に仕事の依頼をしたのが、そもそも間違いだったんですよ」
「う……うううぅー……」
だーっと虚ろなボーマンの目から涙があふれ、再びエミルは、今度はかける言葉もなく、ポンポンとその肩を叩いた。
それからまたしばらく後。
どうにか立ち直ったボーマンが「対魔道士兵器・必殺ロドリゲス君一号」なるものを発明し、復讐の狼煙をあげてカーレルに決戦を挑んだが、一撃で「ロドリゲス君一号」もろとも粉砕されたらしい……という噂を、エミルは耳にした。
が、そもそも同じ宿に泊まり込んでいるカーレルの動向が、数日後に「世間話」になって耳に届くほど、それは誰もにとってどーでもいい暇潰し的な出来事でしかなかった、ということであり、エミルはバイト先でそれを聞いたとき、なんともいえない世の無情と物悲しさを感じたものである。
「まあどうせ、またボーマン博士もリベンジを挑んでくるだろうし。そのときに、新しいロドリゲス君を見せてもらおうかな」
対魔道士兵器、などと仰々しく銘打たれたソレに多少の好奇心をくすぐられたエミルは、ひっそりと胸中でそんなことを計画しながら、今日も平和に晴れ上がったシャザレイムの空を見上げたのだった。
(了)