月の鬼

月の鬼

「月の鬼」あとがき

このお話は、私なりの「鬼」を書いてみようと、かなり昔に執筆したものです。 曖昧な設定と展開、擬音の多用、やたらに区切られた散文的な文章は意図的なものですが、正直あまり読みやすいとは言えません。 しかしこれも記念と、最低限の手直しの他は、...
月の鬼

「月の鬼」終ノ段

    ひゅおおおお……     ひゅおおうううう……  風が、吹く。  風は木々の枝葉をざわざわと揺らし、ざあっと青い草の上を走り抜け、天空へと、舞い上がる。     ひゅおおおおう……     ひょおおおお……  天にかかっ...
月の鬼

「月の鬼」漆ノ段

   ひゅおおおお    ひゅおおうう……  女の悲鳴のような風が、吹いている。  風は止む事がなく、天の雲を押し流し、かかる白銀の月を覆い、また引いてゆく。  ざわついた木々のざわめき、草のさやぎは、魑魅魍魎が闇の中を跋扈している...
月の鬼

「月の鬼」陸ノ段

 その夜は月も星もなく、かわりに、土砂降りの雨が降っていた。  大きな木の根元に身を凭れさせていても、雨粒を避けることはできない。  ぐったりと瞼を閉じた神楽の、白すぎる頬を、狼達が心配そうに、ぺろりぺろりと舌で舐める。  瞼が僅かに...
月の鬼

「月の鬼」伍ノ段

 風が吹き抜ける。  雲間から差す月光をその身に受けて、ただ神楽は、風に吹かれている。ひとけのない丘の上に、ひっそりと、その身を晒している。  風が吹き、神楽の纏う豪奢な金襴の唐織の裾をすくう。短い、絹糸のように柔らかな髪を、肩の上で躍...
月の鬼

「月の鬼」肆ノ段

 半蔀ひとつない、暗い、板敷きの間。  几帳がひとつだけ立てられたその冷たい場所に、神楽は黄金の太刀を抱いたまま、独り座り込んでいる。     りーーーん……  太刀の柄に下がった金の鈴が、揺れもせずに、鳴る。  指をふれさせてもお...
月の鬼

「月の鬼」参ノ段

    りーーーん……  月光に青く照らされた、風にさやぐ草の海の中で、神楽は独りきりで、天を見上げている。     りーー…ん……  その細い腰に佩いた、黄金の太刀に下がった金の鈴が、風に揺られて儚い響きを震わせる。  強めの風に...
月の鬼

「月の鬼」弐ノ段

 冴え冴えとした月光の下、そのひとは、その貌を覆っていた白い能面を外した。  神々でさえ息を飲み、称賛せずにおれぬだろう、玲瓏と澄んだ美貌が、月明かりに青白く照らされる。  その美しさは、生身あるもの、生あるもののみが持ち得る、生々しい...
月の鬼

「月の鬼」壱ノ段

 そこは、街の中ではかなり高級な部類に入る、宿の一室。  揺れる燭台の明かりに照らし出されたそこでは、一組の男女が、衣を乱れさせて、互いをまさぐり合っていた。  ひとりは、透けるような肌の、歳若く美しい女。  ひとりは、なかなかに男前...
月の鬼

「月の鬼」月下ノ段

    ひゅううううう     ひゅおおおおおう  甲高い女の悲鳴のような風が、しっとりとした闇に満ちた夜気を切り裂いてゆく。     ひゅおおおおううう……  風は生暖かく、さやさやと草を揺らし、ざわざわと夜に不気味に佇む木々の梢...