「月の鬼」あとがき

このお話は、私なりの「鬼」を書いてみようと、かなり昔に執筆したものです。
曖昧な設定と展開、擬音の多用、やたらに区切られた散文的な文章は意図的なものですが、正直あまり読みやすいとは言えません。

しかしこれも記念と、最低限の手直しの他は、ほぼ執筆当初のままとしました。
今読み返すと、後に書き出す和風ファンタジーの系譜をしっかりと踏襲しており、こんな時期からこの流れはしっかりあったんだなあと、自分でちょっと感心してしまいました。

そのあたりを物語っているのが、作中に出てきた「閑吟集」です。
「閑吟集」とは、室町時代くらいの古い歌謡集で、作中で神楽さんが唄っている一節を、実は他で執筆している和風ファンタジー「妖は宵闇に夢を見つ」の冒頭でも、主人公が口ずさんでいます。
私自身が好きな一節だったこともあり、ちょっとした悪戯心での仕込みでした。

「閑吟集」は、能楽の題材としてもよく用いられます。
私なりの「鬼」を書いてみよう、と思い立った当時考えたのは、題材として元々興味を持っていた「能」を絡めることでした。

「神男女狂鬼」と、能楽の一連の様式は表現されます。
「神から始まり、男となり女となり、物狂いを経て鬼と成る」。
和の闇と彩、醜悪と美とが凝縮されたような能楽の様式には、あらためて日本語や日本文化の美しさや妙を見る思いです。

今回のお話では小面や唐織りの衣や閑吟集など、象徴的な小道具にとどまっていますが、そのもの能楽師を主人公にした長編を書いたこともありました…が、こちらに関しては原稿を既に紛失しており、このサイトに掲載することが出来ませんでした。少し残念です。

以上、とりとめもないあとがきになってしまいました。
お読み下さった方、どうもありがとうございました。

 

つくね

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