「……ってぇとなんだ、つまり」
翌朝。
昨日の嵐がきれいに通り過ぎ、爽やかに晴れ渡った初夏を思わせる青空の下を、カーレルは歩いていた。
「まあ要するに、家族に内緒でひそかに付き合ってた恋人が、いきなり消えちまった。ってとこかねぇ」
「先生、と彼女は言っていましたけれど?」
その隣を歩きながら、エミル。
「本当にそれだけなら、なんで家族に内密に、なんだよ」
「えーっと……彼女が勉強することを、おうちの人達は反対してた、とか」
「あのお嬢さん、国立アカデミーの特待生らしいぞ」
いつの間に調べたのか、という情報をさらっと出して来たカーレルに、エミルは様々な意味で驚いた。
「えっ。だったら、じゃあ……勉強反対のセンは無いですよね」
「うんむ。ま、相手は身体が不自由らしいし、何らかの事情はありそうだけどな」
「だから家族にも内緒だし、お師匠様みたいなモグリの魔道士に、大金を積んででも依頼せざるを得なかったんですね」
その隣を歩きながら、納得したようにエミルは頷く。じろり、とカーレルがそれを横目にした。
「おまえの言い方は、どうしてそう、いちいち俺に対して否定的なんだ?」
「そ、そんなつもりじゃありませんけど。でもあんな女の子が、あんな高額を支払うなんて。ちょっと驚いてしまって」
「バカヤロ、そんだけその恋人が大事だってことじゃねーか。乙女心がわかんねえ奴だな」
「おとめごころ、ですか……」
エミルがえらく複雑な顔で繰り返した。
街の中は、嵐の名残をとどめるようにまだ石畳が濡れている。あちらこちらに、暴風で飛ばされてきたのだろう様々なゴミや枝葉、果てはどこかの店の看板までもが転がっていた。
昨夜、結局ミシェル嬢は、あのまま宿屋の空いている一室に泊まった。家族には「学校の友達の家に泊まってくる」と、あらかじめ言い置いてきたらしい。
カーレルに無事に依頼ができたことで気が緩んだのか、彼女はあの後ぐっすりと眠り続け、今朝方元気になって出て行った。また様子を見に来ますね、と言い残して。
「……だけどお師匠様。そもそもその恋人さん、どうして姿を消してしまったんでしょうね?」
エミルは三日月形の優しげな眉を、わずかに寄せた。
「こういうことも考えられるんじゃありませんか。その恋人さんは、実は彼女と別れるために自分から姿を消した、とか」
「ありえるよなー。ま、けど別に、そんなこたどうでもいいさ」
カーレルは伸びをしながら答えた。
「どうでもいいって、お師匠様」
「俺がされた依頼は、とにかく消えた恋人やらを見つけ出して、彼女の前に引っ張っていくってことだ。それ以上のことは、俺には関係ねぇな」
「そうかもしれませんけれど。だけどもしそうだったら、恋人を見つけ出したとしても、素直に彼女の前まで連れて行かれるとは思えませんよ。それに無事に会わせることができたとしても、愁嘆場ってやつになるんじゃ……」
「あー、うるっせーなぐだぐだと」
カーレルはエミルの言葉を遮った。
「んなもん、本人同士の問題だろが。勝手にやらせときゃいいんだよ。いいからおまえは、とっとと自分の仕事に励め! そら」
ビッとカーレルが指差した先には、彼の下に弟子入りすると同時に就職したバイト先、このシャザレイム城下町で知る人ぞ知る美味い店百選リストにもエントリーされているというささやかながらも人気の食堂兼居酒屋「ドラム・カン」が見えていた。
「おまえも俺の弟子なら、気を利かせて情報収集してみるとか、それくらいのことはしておけよ。人捜しってのは根気の勝負だからな」
弟子とはいっても、実はまだ何一つ教えを授かったことがないエミルは、いささか腑に落ちない顔をしつつも頷いた。
「わかりました。……それにしても、お師匠様」
「あん?」
「こういうとき、ぱぱっと人ひとりくらい見つけ出せちゃうような、便利な魔法ってないんですか?」
「あるわけねーじゃねえか」
あっさりと、なぜか偉そうに胸を張って言い切ったカーレルに、エミルは目眩を覚えた。
「じゃあ結局、それこそ足でひたすらマメに探し回る探偵みたいな真似をするってことですか……? 何かいい手があって、あんな自信たっぷりに依頼を請けたわけじゃなく?」
「あのな。断言してやるが、魔法を万能だなんて思うなよ」
カーレルが目をすがめて、自分の胸元程度までしか身長のないエミルを見下ろした。それはエミルが別段成長が足りないというわけではなく、単にカーレルが多少「縦」に育ちすぎているせいである。
「一般人より多少は有利に働くことはあるにせよ、基本的にごく普通に日常生活を送る分には、魔法なんざ役にも立たないし意味もねぇんだ。つまり、必要ですらない。ただ俺は普通に生きてないから、めいっぱいこの天が与えたもうた特技を活用しまくってるってだけだ」
「はぁ……まぁ、確かにヤクザそのものの生きざまですけど」
何気なく言ったところで、すぱぁん! というやたらに音のいい平手を側頭部にくらって、エミルは大きくよろめいた。見届けもせずに、カーレルは背を向けて歩き出していく。
「ひ、ひどいや、お師匠様……」
じんじん痛む頭を押さえ、涙目になって呟きながら、エミルもよろよろと開店前の「ドラム・カン」に向かって歩き出していった。