ひゅおおおお
ひゅおおうう……
女の悲鳴のような風が、吹いている。
風は止む事がなく、天の雲を押し流し、かかる白銀の月を覆い、また引いてゆく。
ざわついた木々のざわめき、草のさやぎは、魑魅魍魎が闇の中を跋扈しているかのような不気味なおぞましさを、聞く者にもたらす。
ひゅうううう……
耳につく風の音に、菖蒲は、闇の中で閉じていた眼を開いた。
ひとり寝の褥は、どれほど時間が経っても、冷たく、ぬくもることを知らない。
ひゅおおおううう……
切り裂くような、風の音。
菖蒲は、開いた眼を、必要以上にきつく閉じる。
ざああっと、走る風に木々の梢が鳴る。それらの音が、凍える夜の孤独をいっそう深めてゆくように、菖蒲には感じられた。
ひゅうううう……
ひゅおおお……
訪れぬ眠りに、何度寝返りを打った頃か。
かたり
小さな。
よほど耳をそばだてなければ分からないほど、小さな。
音が、した。
「──!」
忍びものの習性で、菖蒲は瞬時に跳ね起き、褥の下に潜ませておいた小柄を握る。
音がしたのは、すぐ表の、縁側から。
ひゅおおおお……
気配も、音もなく。
菖蒲は褥から離れ、雨戸へと忍び寄る。
手を、かけると。
一息に、雨戸を開いた。
ひゅおおおおっ!
途端、強く風が吹き込み、菖蒲の髪を、襦袢の裾を、乱暴に巻き上げ、嬲ってゆく。
手をかざし、目を庇うようにして、物音のした縁側を見下ろした菖蒲の眼は。
そこに、ひとつのものを捉えた。
風に僅かにかたかたと揺れながら、置き忘れたもののように、そこにぽつりと置かれたもの。紅い紐が歯止めをするように囲っている、小さな金色の丸いもの。
ひとつだけの、鈴を。
「!……」
息を呑み、菖蒲はしゃがみ込んで、美しいそれを拾い上げた。
ちりちりん、と、取り上げた瞬間に、手の中でそれは乱れた音色を響かせた。
「これは……」
見間違いではない。気のせいではない。
はっと菖蒲は顔を上げ、裸足のまま、縁側を飛び出した。
「神楽!」
喉から出たのは、悲痛な呼び声。
「神楽だろう!? お願い、出てきて! あたしに……あたしに、もう一度あんたの姿を見せて。あんたの声を聞かせておくれよ……神楽!」
強い風が容赦なく吹きつけ、菖蒲の髪を、襦袢を、もみくちゃにしながら天へと吹き上がってゆく。血を吐くような叫び声すら、掻き消して。
「今度は……今度は、あんたの言葉を、きちんと聞くから……お願いだから……神楽……」
菖蒲の声に、何一つ、応えるものはなく。
菖蒲の膝が、がくりと崩れ、その胸に、きつく、きつく、握り込まれた金の鈴が抱き締められた。
ちりん、と小さく、やけに可愛らしく。
鈴の音が、鳴った。