「月の鬼」参ノ段

    りーーーん……

 月光に青く照らされた、風にさやぐ草の海の中で、神楽は独りきりで、天を見上げている。

    りーー…ん……

 その細い腰に佩いた、黄金の太刀に下がった金の鈴が、風に揺られて儚い響きを震わせる。
 強めの風に、金襴の衣の裾と、長い黒髪が、舞うように大きくなびく。
 神楽は虚空にかかる月を見上げたまま、長い睫毛を伏せる。
 その紅い唇が、何かを呟いた。
 小さな囁きは、風に流され、誰の耳に届くこともない。
 何を思ったものか。
 神楽はたおやかな白い指で、風になびく艶やかな黒髪を集め、ひとつの束にして持った。
 腰から黄金の太刀を引き抜き、白銀に煌く刃を、ぴたりと髪の束に据える。
 すうと白銀の煌きが真横に引かれ、柔らかな絹でも断つようにすんなりと、豊かな黒髪が切られてゆく。
 肩ほどまでに切られた黒髪が、束に纏められていたことから解放され、さあっと強い風に嬲られる。

    りーーーん……

 神楽は太刀を鞘に収めると、白い両の手を天に向けて、切り落とした見事な黒髪を捧げ持つ。
 強い風に、あっという間に、まるで宝石のような黒檀の髪は、天へと攫われて舞い散ってゆく。

    りーーーん……

 ただ天を見上げる神楽は、その透明な瞳に、何を映し出していたのか。
 夜の闇の奥へ、震えるような鈴の音だけが、吸い込まれてゆく。


「神楽……!?」
 神楽を一目見るなり、菖蒲が目を瞠った。
「どうしたのさ、その髪は……自分でやったのかい?」
 すっぱりと、肩のあたりで切られ、揺らめく艶々しい黒髪。神楽はいつもと同じ、それが心からのものなのか、そうではないのかすらも判然とさせられぬ、美しくあでやかな微笑を浮かべた。
「重かったのですよ」
「え?」
 それだけを言い残し、通り過ぎてゆく神楽の後ろ姿。たおやかなそれを、菖蒲は身動けぬまま、見つめていた。

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